2009年12月15日

希望を探して

希望を探して

最近どうしても気になること。
村上龍監督作品「kyoko」のサントラが、どうしても見つからない。
もしかしたら、高校時代にこの映画に会って、私の運命は変えられたのかもしれない。
ストーリーは、たしかこうだった。
基地の町で育ったキョウコは、黒人キューバ系アメリカ人の米兵からダンスを習った。
それから13年後、彼女は彼に会いにNYへ。しかし、やっと探し当てた時、彼の体は、病に侵されていた。彼の最後の願いは故郷、キューバに戻ること。彼女は彼を乗せハンドルを握り、南への旅をはじめる…。
若りし頃の高岡早紀が、何ともいえず、切なくてかわいく見えた。

しかし、何より、感動したのは、キューバ音楽の素晴らしさ。一緒にいった、スペイン系カナダ人の友達と、上映の幕が下りるまで、いつまでも映画館の後ろで踊ったのだ。

スペイン語を学びたいと思い始めたのもこのときだった。


中でも、「esperanza」という曲が大好きで、どうしても歌詞の意味を知りたくて、彼女に聞いた。

「それはね、スペイン語で『希望』という意味なのよ」と彼女は言った。

エスペランサ、エスペランサ、何度もつぶやいては、自分だけが知っている魔法の言葉のようにそっと大事に胸にとっておいた。
高校生の私にとって、その「希望」は、そして、キューバという国は、不思議な輝きを秘めていたのだ。

大学時代もスペイン語学科だったものの、歩く辞書のような先生たちの堅苦しい授業は、性にあわなかった。
他の友達のように、スペインやメキシコに留学しようかとも、考えたけれど、しかし、私のキューバへの憧れは、おさまりきらず、ある年の夏休み、思い切って、旅に出たのだ。

希望を探して


憧れのハバナは、これでもかという日差しと、ほこりと、音楽に満ちていた。


朝は、ハバナ大学にいって、昼は崩れ落ちそうな家々をまわり、夜は、毎晩、音楽を聴きに街に出た。
つたないスペイン語でしゃべり、下手なダンスをおどり、色々な国のひとと毎晩のように飲み明かした。たくさん恋もした。
昼下がりのマンボ、バチャータ、夕暮れのソン、そして真夜中のサルサ、メレンゲ…
貧しくはあったけど、生活の中に、いや生活そのものが、メロディーだった。

Cohibaの葉巻、へミングウェイの小説、冷たくひえたモヒート、扉が抜け落ちたアメ車、海沿いの夕日、老人の笑顔。

全てが、なぜだか切なく、懐かしい。

しかし、全てが望どおりだったわけではない。失望したことも、たくさんある。

それでも、なぜか、ふと、どうしようもなくあのメロディーが聞きたくなる時がある。
そんな時、また私は、そこらじゅうをひっかきまわしながら、探すことになるのだ。

あの希望を。

希望を探して






Posted by bearhand at 23:23│Comments(15)
この記事へのコメント
鮮やかな時代を過ごしたんだね。
映画みたいに読んだよ。

久茂地にミカサツカサっていうカリビアンバーがあって、友達がキューバダンスを教えてるのね。

キューバ留学までした子だから、あゆみちゃんと話が合うかも。
Posted by yurippe at 2009年12月16日 09:44
kyokoサントラ。
来週行くんでCDに焼いて持っていくよ。
Posted by てんもり at 2009年12月16日 10:04
>yurriippe姉さま

そうなんです。私にも、そんな時代があったのでございます。

mi casa 知ってますよ~!!!KACHIMBA1551のお店ですよね。
さすがお顔がひろい!
それが、私が沖縄に最初に興味もったのも、キューバのクラブでたまたま彼らにあったからなんです。日本人が珍しかったので、話かけたのが、ボーカルのTAROさんでした。
それから、沖縄に興味をもって、いきたいなーと思ったのです。

不思議な縁です。

ぜひ今度紹介してください~ってもしかしたら、メンバーの方なのかしら。

サルサ習いたいな~しかし、腰がまわらん。

>てんもり兄?さま


わーいわーい!ありがとうございます。
そろそろ来るころかなーと思ってはいたのですが。
早速、デートの予約お願いします。
しかし、書いてみるものですね…(笑)
サントラを持っているとは、さすがです。
とりあえず、他のひとにも渡したいので、3枚ほどお願いします。
わー図々しい~
Posted by bearhand at 2009年12月16日 13:32
おー、知ってましたか!

私の友達は、メンバーのシホコさん。
尚巴志の「陸の舞」(笠持って踊ってたダンス。“産んで、増やして、大きくして、それが女の仕事さ~!”)を
振付けてくれたんだよー。

てんもりさん御用達の超有名パン屋さんの妹さんで
あります。

私も腰、回りませんが、今度行ってみましょう。
サルサ踊りに(笑)
Posted by yurippe at 2009年12月16日 14:15
尊敬するチェゲバラ!!。キューバ革命の父
キューバでは私が20年も乗っていた懐かしいワーゲンがまだ走っているのですね。そして極上の葉巻は最高です、それにしてもあゆみ先生は面白いね、、情熱的なのですね、素晴らしいことです。
キューバで想いだしましたが、もうだいぶ前の事です。キューバへ行き何度も足を運びカストロへあう事ができ「ぜひ愛人にしてください」と真剣に頼み込んだが、残念ながら願いは叶わなかった、という勇ましい日本人女性がいます、。
アメリカと決別したお陰で今やキューバは大量消費社会からエコ大国へと世界から注目の的ですよ。キューバ人のおおらかさが苦境を乗り越えるバネとなっている事でしょうね。沖縄も日本もキューバにおおいに学ぶべしなのです。
サルサに励んでね、三線で踊ればまた面白いはずよ、、。がんばれ〜!!
Posted by 金星人 at 2009年12月17日 01:40
>yurippe姉さま

あのパン屋さんですね(笑)陸の舞、覚えてますよ~!とても印象的でした。女性ならではの躍動感があって。

お兄様には、この前サドベリースクールのセミナーでお会いしましたところでした。

しほこさん、子ども達からの要望で、サルサを教えてるみたいですね。
一緒に習いたいわー
Posted by bearhand at 2009年12月17日 13:50
>金星人さま

三線でサルサ、面白そ~金星人さんならお手のものでしょうね。

しかし、そんな女性がいたとは!すごい!
カストロは一体どういう理由で断ったのか、きになりますが…好みじゃなかったんだろか(笑)

そうです、私もちょうどキューバの有機農業に興味があったので、その調査もかねていったのです。
しかし、あの突き刺さるような太陽光線の下での、農場とびこみ調査は、体力がいりました。
しかも、ほとんどアポなしだったので、体当たりで。

でも、みんな親切にインタビューに答えてくれました。で、夜夜は、飲み歩き…若かったな~

市民の中でも、カストロに対する不満や批判がないわけでは、ないですが、それでも、ノーベル賞を受賞したどっかのお国よりは、少なくとも、ましなこと言ってるかなと思います。
「ただじゃ転ばない」
ソ連崩壊後のキューバから学ぶことですね。
日本も一回思い切って崩壊してみたら、何か新しい道が開けるかもしれませんね。

ゲバラは、娘さんの来日してたときに、講演会に行きました。
目元がお父さん、ソックリでびっくり!
今は、キューバで小児科医として活躍されています。

キューバでは、チェは、今でも、自由と革命のシンボルとして愛されてます。
ホセ・マルティも同様に。

Hasta la victoria simepre (勝利まで永遠に!)ですね。
Posted by bearhand at 2009年12月17日 14:08
あ、つづり間違えた。

siempreでした。もー忘れてるよ~ダニエル、スペイン語教えてくれぃ~
Posted by bearhand at 2009年12月17日 14:11
スペイン語教室、私も乗っかりたい…。

仙台にはキューバ人留学生がけっこういたから、色んな話を聞いたよ。いいことだけじゃなく、理不尽なことや不自由なことまで。
アメリカに亡命しちゃった人もいた。
だから、手放しに絶賛するつもりはないけど、とっても行ってみたい国の1つです。すっごくすっごく、魅力的な国よね!

毎年キューバへ行ってる友達から「カストロが生きてるうちに1度行かなきゃ!」と言われた。コマンダンテ!長生きしてくれ~!

シホコちゃん、私も知ってるよ!よしっ、次回はミカサへゴーだね♪
Posted by ちえぞう at 2009年12月17日 22:44
わー、沖縄せまい!
ちえぞうさんもシホコさんと知り合いだったとは!
Posted by yurippe at 2009年12月18日 14:12
>ちえ姉さま

ですね~!

私も、自分の中で、憧れや幻想が強すぎて、いって結構がっかりした部分もたくさんありました。

やはり基本的には、貧しいし、社会主義国とはいえ格差だってあるし、物価も観光客には、意外に高い。

ひとなつっこいのは、いいけど、みんながみんな親切だというわけではありませんでした。

ハバナ大に留学も考えてたけど、いろいろ考えてやめました。

カストロ、もうおじいだからね~早く弟に引き継いだ方が、いいんじゃないかしらね。
Posted by bearhand at 2009年12月18日 22:30
>yurippr姉さま

じゃ、今度、みんなで、踊りにいきましょうね~
いっときますが、私は、リズム感ゼロです。
Posted by bearhand at 2009年12月18日 22:32
国家評議会議長の座はラウルに譲ったとはいえ、まだまだ影響力は大きいよね。
生きてるうちに…だね。

近々、yuripprさんも一緒に踊りに行きましょう!
Posted by ちえぞう at 2009年12月18日 22:42
>ちえぞう姉さま

もしかしら、もうとっくに死んでるのかもしれないけど(笑)

todavia su revolucion no ha complicado ですかね。
あースペイン語がわからん。
Posted by bearhand at 2009年12月20日 11:47
ご指摘がありまして、訂正いたします。

complicadoは、英語のcomplexで「複雑な」になってしまいます。

なので、正しくは、cumplido でした。

英語では…complete「完成する」 になるのかな。
やっぱりラテン語が、共通しているので、少しにているような。

よって、訳は「彼の革命は、まだ完成していない」になりますかね。

あーやっぱりちゃんと勉強しないとな。脳みそが溶けてるわ。

お恥ずかしい限りです。しかし、ダニエル先生には、ふられました。

求む、スペイン語教師!
Posted by bearhand at 2009年12月21日 13:20
 
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